エピペンとの出会い
 

私が”Epipen”(エピペン)ということばを初めて目にしたのは中学1年になったばかりの長男の留学準備をしていた1998年のことでした。日本の公立小学校を卒業して、いろいろと考えた末に一人でアメリカにある私立寄宿中学校に行くことになったのですが、入学に際して提出しなければならない書類の数が半端ではありませんでした。すべてをバインダーにまとめればちょっとした冊子になるほどの量でした。


 その中で、健康に関するものだけでも10ページ以上ありました。それまでに受けた予防接種すべての年月日を記載し、必要な接種がクリアされていなければ入学さえ許可されませんが、その他にB型肝炎、髄膜炎、インフルエンザなどの推奨されるものについては、学校の医務室で接種していただけるように、申込書に記入してサインするようになっていました。それらについての詳しい説明もどっさりついてきて、さらに詳しく知りたい場合の検索サイトのURLも列挙されていました。健康診断に関連した書類は4ページほどで、本人の住所、両親それぞれの住所と勤務先、医療保険加入状況、緊急の場合の処置を学校側に委任する承諾書、両親を含めた家族、親族の既往歴などもこれに含まれていました。本人については全身について極めて細かく既往歴についての質問がなされた後、体重、身長、視力、聴力、といった、いわゆる「健康診断」の項目へと移っていきました。その中で、あまり目立たない普通の字体で、”Past history of allergies or allergic reaction”(アレルギーまたはアレルギー反応の既往)を記入する欄があり、次に”Is an epipen required?”(エピペンが必要ですか?)という質問があり、その次に”Has student received education regarding the epipen?”(生徒はエピペンについての教育を受けていますか?)という質問が続いていました。(*”epipen”は学校の書類では小文字で打たれていました)。

 エピペン?これは何だろう?どこを見てもそれについて説明されているような箇所はありませんでした。知っていて当然だというような書き方をされていることばの意味を知らないというのは気にかかることでしたが、まあ、とりあえず我が子に直接関係があることではなさそうであるし、ドクターはご存知だろうと思ってそのまま調べずにいたのでした。

 ところが、健康診断を受けている最中、ドクターが書類に目を通しながら、「エピペンって何ですか?」と質問なさったのです。「あの、先生ならご存知だと思ったものですから・・・。文脈から、何か、お薬の名前であるらしいとは思うのですけれど・・・」と言い訳をすると、ドクターも「そうですね。きっと薬の名前だと思うけれど・・・」とおっしゃりながら、傍らから電子辞書を取り出して”epipen”という単語をお引きになられましたが、何の意味も出てはきませんでした。

 検査結果が出て診断書を受け取ることになっていた翌週までの間に、私はインターネットで”Epipen”を検索し、それについてかなり多くの情報を知ることができました。そのうちのわかりやすい説明を一部プリントアウトしてドクターにお渡ししました。患者としては生意気だと受け取られかねないこうした行為も、このドクターには積極的に受け入れていただけるような関係が築かれていました。このドクターは東京の規模の大きい総合病院の小児科部長でした。アメリカではとっくに一般の保護者に知られていたエピペンはわずか5年前、アレルギーの治療に携わっていた日本の小児科医にさえ知られていなかったのです。

 その後、長女、次女も相継いでアメリカやカナダの寄宿学校に留学し、その他にそれぞれがまた別の学校の夏期講習やスポーツのキャンプに参加したりして、その度に面倒な健康診断書類の記入が課せられることになったのですが、どの診断書にも、アレルギーとその処置に関する質問項目がありました。“エピペン”と固有名詞で書かれていない場合でも、”Has the student been instructed in the use of self-administered epinephrine?”(生徒はエピネフリン自己注射器の使い方を教わっていますか?)と同じ意味の質問がありました。こうした書類は全生徒に配布され、すべての保護者が目を通して記入するのですから、自己注射という方法があり、それを自分でできる生徒がいるということを、アナフィラキシー症状の既往がある子どもを持つ保護者だけでなく、すべての保護者が知ることになります。

 随分前置きが長くなってしまいました。北米の学校でエピペンがどのように使われているのかをお伝えするために書き始めたのでした。私自身の子どもたちのそれぞれの学校でもエピペンについての対策はそれぞれに少しずつ異なっていますので、今回お伝えすることがすべての学校に当てはまることではないことをご承知おきいただき、一保護者の体験談としてお読みいただければと思います。

 現在高校生の息子が在学中の学校では、夏休み中に(新学年度前に)健康診断を受けて保健室に医療関係の書類すべてを提出しなければならないことになっています。その中に、1. Allergy Action Plan(アレルギー対処プラン)というオレンジ色の厚紙、 2. Student Allergy Action Card(生徒のアレルギー対処カード)、 3. Prescription Medication Order(処方箋)の3種類の書類があります。

 1. Allergy Action Plan は職員室の誰でも目に付くところに保管されるもので、生徒の名前、生年月日、アレルギーの種類、喘息があるか否か、軽い症状、重い症状それぞれの場合の処置(投薬を含む)の具体的な方法などを記入する欄があり、10分以内に症状が改善されない場合には保健室に連絡するようにと書かれています。その他に、口、喉、皮膚、消化器、肺、心臓に現れる可能性のある症状について列挙されており、裏面にはイラスト入りでエピペンの使用方法が印刷されています。そして、医師に推奨されている場合には、いついかなる時にもエピペンを携帯していることは保護者と本人の責任であると明記されています。子どもの年齢が小さい場合には担任の先生が預かって教室で保管しているか、職員室のすぐに取れる場所に置かれている場合が多いようです。また、保護者から預かっていなくても、どの学校でも万一に備えてエピペンを保管しており、緊急時には使用することができるように教師は講習を受けている場合がほとんどです。

 2. Student Allergy Action Cardというのは、先のAllergy Action Plan よりも更に詳しくアレルギーの誘発因子や症状、使用している薬品名、対処方法について記入する欄があり、父親、母親それぞれの住所(別居も少なくないので)、職場の電話番号、緊急連絡先、主治医の連絡先を記入する欄があり、本人の写真を貼り付ける場所があります。

 3. Prescription Medication Orderはいわゆる医師による処方箋で、アレルギーに限らず、糖尿病、てんかん、ADHDなど、日常服薬が必要なすべての生徒が提出しなければならないもので、病名と服薬の方法が記載されています。寄宿学校ということもあり、すべての薬品類は保健室で保管し、服薬の管理はSchool Nurse(養護教諭)が行なっており、毎日服薬が必要な生徒は毎日受け取りに行くことになっています。

 2、3の書類は医師、保護者、本人の3者が揃った時に記入されることになっており、3部用意して、同じものを医師、保護者、保健室で保管することになっています。息子の場合、エピペンは必要ありませんでしたが、喘息の薬は必要でしたので、これらの書類が必要でした。

 このような説明で、エピペンがどのように使われているか、イメージしていただけたでしょうか。わかり難いところがありましたら、遠慮なく質問してください。

 地域や学校にもよるのかもしれませんが、留学先の学校は教師もSchool Nurseもアレルギーに対する認識が深く、プロ意識も強いので、遠くにいても信頼し、安心して子どもを預けることができました。大人ばかりではなく、子どもたちにもアレルギーについての教育がかなり行き届いていると感じましたが、そのことについてはまた機会がありましたらお伝えしたいと思います。

塩崎 万里
参考として、アメリカの学校で、エピペンを使う必要のある方の提出書類ぜん息のある方の提出書類を掲載しています。それぞれをクリックしてください。

アドビアクロバットpdf版はこちらからクリックしてください。(エピペンを使う必要のある方の提出書類)(ぜん息のある方の提出書類)